きみのこと
死のうと思う。そのわりには、12月までに痩せると意気込んでダンベルを購入していたりする。たぶん数日後には死んでいると思う。ただ、一週間で食べ切る量のピクルスを漬けたりしている。 死にたいから特に欲しいものはない。でも、駅前のビジネスホテルには…
きれいな殺し方を知らないなら刃物なんて持つものじゃない。腹に横一文字にえぐられた傷を押さえる者の気持ちなんて想像できないのだろう。傷は灰色に腐り、周りを虫がたかっている。ひどいものだとぼくは恨む。 ぼくは計画を練る。ぼくは殺し方を知っている…
手を合わせて阿弥陀の顔を窺うことに本当に意味があったらいい。悼みたい人の名前を日々指でなぞることで何か変わればいいと思う。ラピスラズリの数珠にアクセサリー以上の意味を持たせるのは自分しかいないのだろう。身を投げ出して祈れば、狂おしいほどの…
みんなが言っていることはわかるよ。それが通常の話だと思う。ぼくが間違っているということもわかる。ぼくは日本の夏に長袖しか持たずにやって来た観光客みたいだ。その上、ユニクロにもGUにも気に入る半袖がない。きみはぼくを止めるためなら幽霊とだって…
こんなところに置き去りにして、一体何を考えているんだろうか。空気の流れが澱んでいるし、まばたきしても視界はクリアにならない。きみはぼくに心肺蘇生を試みている。 でもぼくは生きている。取り残されてしまったけれど、生きている。言っていて自信がな…
心を傾ける、他人に心を割く。親愛をもって、明るいポピーの咲いた封筒を買う。ペンを執って宛名を書く。心のしるしがついた便箋を丁寧に折る。届け先がこれを読むところを想像する。できる。この手紙は相手を傷つけない。読みながら、きっとぼくに心を寄せ…
その人があまりに美しく立っているので、ぼくは彼女が苦しみ続けていたことにずっと気づかなかった。そうだったんだ。そっか。彼女のことをこんなに愛しているだなんて言っておきながら、ぼくは核心を知りもしないで憧れていたんだ。 神さま、美味しいお食事…
やっと天然石を見つけた。その石はオパールという名前だった。ガラスケースの中に、それは飾られていた。リングとかブレスレットとか、いろいろな形に加工されていたけれど、ぼくが欲しいのはネックレスだった。小さなダイヤモンドがついたやつとか、パール…
笑顔、笑顔、そして笑顔。下着も着けずにオーバーサイズのTシャツだけでコンビニへ行った。夜の涼しさの中に日中の刺すような日差しの名残がシャツ越しに腹をくすぐった。裸足が好きだ。コンクリート、街路樹の土、コンビニ店内の冷たいタイル。 恰幅のいい…
ああ、そうか、3番線に乗ってもいいし、4番線に乗ってもいいんだ。都内、多摩へ向かってもいいし、そうか、郡山へ行ってもいいんだ。どこへ行っても別にいいんだ。でも勇気がなくて、ぼくは今日も三駅先のショッピングモールで時間を潰すことにした。 どう…
決して心地良いとは言えない午睡から目覚めると、とうに綿の固くなったぬいぐるみはぼくの両腕の中にきちんと収まっていた。夕方だ。こんなことなら孕んでいたほうがましだったと、股の間から染み出す血がシーツを汚していくのを見る。 唯一好きな番組が終わ…
スーパーマーケットの白く磨かれた床が照明を反射した、ありとあらゆるチョコレートが並べられた棚の前で、ぼくは弾けるような強い不快感を覚え、飲み物ばかり詰め込んだカゴをそこへ落とした。耐えられなかった。 ぼくには女の幽霊が憑いていた。彼女はぼく…
湾曲した四角いガラスの中で、淡いブルーが静かに、それでいて波打つように収まっている。それがどのくらいで尽きるのかはわからない。ずっと遠くであればいいと思う。 待つことが本当に難しい。得たいと思っているからだ。どうせ手に入らないなんて諦めたふ…
あは、焦らなくていいよ。 電話したいと思った。今すぐ助けてほしいと本気で思っている。手が伸びる。どんなボタンを押してもつながるはずがなかった。ああ、痛いなあ。マスクを外した。雨に濡れた河川敷からは新しい匂いがしていた。 ショッピングモールの…
そういうところが嫌いなんだよ、そういうところが嫌だったんだよ。そういうところに呆れていたの。そういうところが嫌いなんだ。 大きな声でぶつけた言葉は、悲鳴らしく上ずって半分べそをかいているみたいに聞こえた。ぼくはそうやって泣くきみを見ていた。…
赤ワイン、デカンタ、安っぽいグラスに貼りつく結露、ぐらぐらしだす頭、とまらないお喋り、ぼくのシャツを引っ張るきみ。とっくに氷が溶けてぬるくなった水、淡く好いたひと、その人の笑い皺、両手足の指を全部数えたって足りない歳の差。ぼくよりずっと苦…
便箋の枚数が六枚を超えていて、覗き込んでいたきみがあらあら、とでも言いたげに頭を揺らした。ぼくは便箋をかき集め、机にとんとんとぶつけて揃えると、それを真っ二つに裂き捨てた。こんなものを出すわけにはいかない。きみはそれが手段としてはっきりす…
タオルから大好きな人の匂いがする。香水の匂いだ。安心する匂い。その柔らかい胸に抱かれているような感覚さえある。乳房を掴んで顔をうずめたいと思う。当然それは叶わない。 自傷行為を繰り返して、その度に頭を掻き毟るほど泣いているけれど、今は穏やか…
きっとぼくは忘れるね。全部忘れて、ああそんなこともあったな、あの時は大変だった、一生懸命だったけど今はもう別のことで手一杯、懐かしいね、あんな風が吹いていたよね、ってきみに言うんだ。そうだよね。ぼくには肩を竦める癖があって、そう言った後も…
ショッピングモールをふらふらと歩いていたとき、何か探し物のため留守にしていたきみはやっとぼくに追いついて、ぼくの背中に、一番愛しているよ、ずっと愛しているよと言った。きみが何を探しに行っていたのかは、それですぐわかった。ぼくを地面に括り付…
道端で、自転車のサドルの上で、フードコートの端っこの席で、くたびれたベッドの上で、ぼくの涙は止まらない。嗚咽、苦しみながら涙を絞り出して、過呼吸に近い息をする。きみはぼくに言葉をくれたのち、何かを探しに出て行ってしまった。 きみがぼくのこと…
ほらね、きっと悪いことが起こると思った。これはぼくのせりふだ。きみはもう、ぼくを下手に慰めることすらしないみたいだ。 結局今日はくたくたになって帰ってきて、十九時以降の出来事は全部忘れてしまった。覚えているけれど、どれもこれも夢のように曖昧…
閃光が走るように全身がびりびりと打ち震えるようなときもある。思いがけない場所で、思いがけない人から賛辞をもらうときもあったかもしれない。ああ、ぼくは特別ではないけれど、力を尽くしてやるべきことがあるんだ、と、できるはずなんだと、確信したと…
ぼくが若く死んだら、サテンに包んでバラのベッドに寝かせてほしい。 きみの言うことはわかるよ。ぼくはちょっと感情的になってぴりぴりしているみたいだ。普段ほとんど食べないスナック菓子もあっという間に空にして、枕に染みていくのも構わず濡れた髪を押…
わかってないな、今日もぼくはわかってない。 リップクリームを塗らずにがさがさに乾燥した唇を爪でひっかいていたら、あっという間に口に血の味が広がった。歯磨きをしたばかりなのに。 あなたが死んだら、この骨をくれる?後頭部にある鶏冠みたいにとげと…
どうして呪術の真似事なんてしたんだろう。願いが本当に聞き入れられるとでも思っていたんだろうか。海辺に高く積まれたブロックの上で、十メートル手前にあったセブンティーンアイス自販機で買ったチョコミントを舐めた。足がぶらぶら、砂には届かず飛び降…
ちょっと笑っちゃうよね。笑ってしまう。あは、と間の抜けた息が漏れる。たぶん、呪いが成就したのだ。お願いだから不幸になってくれ、相対的にぼくを幸せにしてくれ、という全霊を傾けた呪いが、遠くて見えないどこかで叶ったのだ。じゃなきゃこんなに笑え…
つまり三ヶ月は続けているってことだ。休んじゃえ、の日もあったけど、それなりに続けている。 読み返すと本当にこんなの書いたっけ? と思うことも多い。あーあ、こんな、どうしようもない独り言をつらつら書き並べて、なんの意味もないのに、公開している…
満腹と満足は違うってテレビが言っていたけど、どうやったら満足できるのは教えてくれなかった。三日は連続して食べた冷凍食品の袋を捨てて、割り箸と紙コップも片付けた。きみはぐったりしているわりには、ぼくに話しかけようとしていた。転がる自転車の荷…
湿っている、ここ数週間は何もかも。胸ポケットにしまっておいた煙草だけはかろうじて乾いていた。一本口にくわえてブルーの百円ライターを取り出す。ゆっくり息を吸うとうまいこと火が付いた。かなり久しぶりだったから、吸えないのじゃないかと心配だった…