レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

ぼくに味方がいるという気づきさえ、唐突な嘘みたいに感じられて拒みたい

きみと一緒に彼女がぼくのために祈ってくれていることに気がついて、ぼくは飛び上がるくらいびっくりした。ぼくのために祈ってくれる人が、きみ以外にもいるのだということをぼくはやっと知った。

 

一番起こってほしくないことを想像した。ぼくの皮膚はたちまち震え、ぼくがまだまだそれを恐怖していることを主張した。ああ、そんなことが起こったって、ぼくはなんにも変わらないのに、どうしてこんなに怖いんだろう。

 

ぼくを案じて祈ったり願ったりしてくれる人が絶対に存在するのだと知ることは、決してぼくに安寧をもたらしてはくれない。ぼくを感情的にさせて、不安定に昂らせ、またぼくは涙を流している。喜びの涙ではなくて、きっと衝撃を受けたがゆえの恐怖の涙だ。ぼくは、ぼくに味方がいるという気づきさえ、唐突な嘘みたいに感じられて拒みたいのだ。わかってるよ、きみも彼女も、ずっとぼくを心配してくれている人生のあちこちでやわらかく交わった人々だって、ぼくを傷つけるつもりなんてないし、ただ落ち着かせたいだけなんだとわかってるよ。

 

ぼくを落ち着かせてくれ。喋ろうと思っても、喉の奥は湿っぽくがたがたと揺れている。鼻水を拭って、でももう意味がないみたいだ。

 

なんにもいらないなんて言いたくないんだ。ぼくには必要なんだ。ぼくはそれを受け入れればいいだけなのに、なぜうまくいかないんだろう。きみのことも、彼女のことも、彼らのことも愛して執着しているはずなのに、どうして全部いらないと叫びたくなってしまうんだろう。ぼくを一人にしてくれ、ぼくを見ないでくれ、お願いだから。でもぼくのために祈ってくれ、ぼくも同じように幸せを願うよ。

 

全部いらない、いらないと叫びたいんだよ。それでなんの波もない静かな何かになりたいんだ。どれも必要なものなのに、どうしてぼくは失敗ばかりするんだろう。

心臓は静かに遅いテンポでぼくときみの体を鳴らし続けている

ありがとう!

ねえ、また遊ぼうね。

 

ぼくのために泣いてね。

あれはビーツだったはずだよ。どっちでもいいか、紫色ならどちらでも。

 

黒髪の女の人を見かけたよ。ぼくに笑ってくれたんだ。ぼくが二十八歳だって言ったら、私は三十だよって教えてくれた。ぼくはどうしてあの時二十八歳だなんて言ったんだろう。彼女は車に向かった。ぼくは別の車の中で、両親みたいだけれど知らない人たちが、彼女をいずれ支えてあげたほうがいいわね、と話すのを聞いていた。

 

内臓に疾患があるんだ。モニターで見たから知っている。すべて緑色に映るんだよ。舌を押し下げられてぼくは吐きそうになったし、ナイフが沈んでひどく痛かった。誰かが言ったんだよ、ここを見ろって。モニターに映ったそこには、確かに白っぽく異常なものが見えていた。

 

雨の中二人の男は家族を失った。山の上のだだっ広い駐車場から歩いて帰らなければならない。彼らの家族だったはずの三人姉妹はキャンピングカーで山を下る。ぼくは土砂降りの中ゆっくりと歩くみじめな男を車の中から見遣る。もう彼らをピックアップしてくれそうな車はない。さようなら、さようなら。あの黒髪の女の人の父親だった人。

 

目覚めたぼくの脂汗をきみが拭いている。もう外が明るくない季節になってしまった。きみの頬の高いところだけが、街灯の薄い灯りを受けてぼんやりと光っている。きみは夕食の準備のためぼくを抱え起こす。心臓は静かに遅いテンポでぼくときみの体を鳴らし続けている。

誰もぼくに話しかけない、ぼくを見ない、ぼくのことを知らない

どうぞ、あなたの願いを話してみてください。

 

ぼくの願いは、道端の石ころになることです。誰もぼくを気に留めず、ぼくに気付かず、ぼくをまなざすことがない。誰の会話の話題にもぼくは上がらない。

 

ねえ、今日花瓶の水誰が替えてくれたんだろう。

さあ。知らないけど誰かでしょ。

 

あの人覚えてる? ほら先週会った……何を着てたっけ?

誰のことだっけ。私忘れちゃった。

 

さっきの人時々見かけるよね。名前知ってる?

知らない。話したこともないし。

 

誰だっけ、誰かなんだけど、思い出せないしそんなに気にするほどのことでもないかもしれない。

 

ぼくがなりたいのは、そういう誰かだ。誰もぼくに話しかけない、ぼくを見ない。ぼくのことを知らない。ぼくがどんな人物か興味を持つことはない。ぼくは何者にもならない。女でも男でもない。生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。誰もぼくの歩いた後ろに足跡を見つけることはない。

 

ぼくは誰にも興味がない。(厳密にいうとあるのだけれど、とりあえず聞いてね)

誰かに興味を持つことがないから、同じように、周囲もぼくに興味を持たないでほしいと思う。興味を持たなかったとしても、ぼくを通りすがりの人としてつかまえたりもしないでほしい。ぼくは誰の話も聞く気はない。……ぼくはこう見えて恩義と筋で生きている人間だ。恩義があると認識すれば返そうとしてしまう。自分が筋を通していないと感じれば、無理やりにでも通そうと動く。ぼくはがんじがらめだ。

 

ぼくはあの人が好き。彼女が好き。あの子が好き。彼と遊びたい。彼女に会いたい。ぼくは彼らと過ごすのを心地よく感じる。楽しいと感じる。そういう関係性を作ることもできる。稀にではあるけれど。

 

どう? わかった? わかってくれるよね。きみならわかってくれるよね。ぼくが望むものを理解してくれるよね。怒らないでね。どうか怒らないでね。頭を抱えてくれる? 額を撫でて、涙を拭ってくれるよね。いつものように、ぼくを見下ろしてくれるよね。