幽霊が冷えた青い手でぼくの胃を撫でたのかもしれなかった
スーパーマーケットの白く磨かれた床が照明を反射した、ありとあらゆるチョコレートが並べられた棚の前で、ぼくは弾けるような強い不快感を覚え、飲み物ばかり詰め込んだカゴをそこへ落とした。耐えられなかった。
ぼくには女の幽霊が憑いていた。彼女はぼくという寄生先の居心地の悪さを強く非難した。きみは幽霊を家に連れ帰ることを嫌った。ぼくは板挟みになって、どうにか時間を潰すためにスーパーマーケットへ足を運んだのだった。
幽霊が冷えた青い手でぼくの胃を撫でたのかもしれなかった。もしくは、ぼくの後ろできみが幽霊を突き飛ばしたのかもしれない。ともかく、ぼくはチョコレートを選ぶのを諦め、そのへんに散らばった麦茶のペットボトルをかき集めることもできず、冷房の効いた店を飛び出した。分厚い雲が立ち込めていて、空へ逃げることも叶わなかった。
ぼくは幽霊を家に連れ帰った。幽霊は好き勝手に鏡を見つめたり、ドアノブをいじくったりしていた。ぼくはテレビの音量の二十倍くらいの音を立てて泣いたり叫んだりした。幽霊はうるさい、うるさいといらいらしていた。どうでもいい。どちらでも。
何もしないで。もう何もしないで。
ぼくを見てくれ。ぼくを知ってくれ。でも近付かないでくれ。触らないでくれ。何も訊かないでくれ。ぼくを見てくれ。ぼくに気付いてくれ。
酢をスプーンに乗せて飲んでいる。バターを掬い取って舐めた。豆腐の角で手が切れた。
赤い口紅を引くと、幽霊が喜んだ。