きみがぼくを産みなおしてくれたらいいのに
決して心地良いとは言えない午睡から目覚めると、とうに綿の固くなったぬいぐるみはぼくの両腕の中にきちんと収まっていた。夕方だ。こんなことなら孕んでいたほうがましだったと、股の間から染み出す血がシーツを汚していくのを見る。
唯一好きな番組が終わるのを見届けて、ぼくは数日ぶりにキッチンに立った。裸足に包丁をうっかり落とす妄想を繰り返す。包丁はぼくの右手から転がり落ちることなく野菜を切り終えた。
白。全部白。
きみは鏡の前で髪を編んでいる。
耐えること。一人で耐えること。何も言わないこと。起きないこと。眠らないこと。眠ってはいけない。きみは夢の中のモンスターすべてを退治してはくれない。ぼく自身があれらの息の根を止めなければいけない。
風船が地に落ちた。もう少し長く浮かんでいてほしかった。本棚から雑誌を取り出すと、拍子にばらばらとすべてが崩れて落ちた。ドアの前に散らばったので、もうこの部屋から逃げることはできない。
もう全部忘れたから、そろそろ解放してはくれないか。怒っていないし、疲れていないし、叫んでもいない。きみは結った髪を解いて、顔を伏せるぼくに近付いた。きみの胎の中に帰れたらいいのに。きみがぼくを産みなおしてくれたらいいのに。そうだ、そうなんだ。ぼくは他でもないきみに、おかあさんになってほしかったんだよ。
ここには誰もいない。誰もいないんだ。ぼくは自分で決めなければならない。きみは黙っている。ぼくが決めなければならない。