きみじゃないこと
動物にならなければならない。 違うな、ぼくはすでに動物だ。そうではなくて、人間でないふりをしなければならない。また嘘をつくのだ。嘘をつくのは得意だ。 マリコのことを思い出す。彼女をひどい目に遭わせるのはこれで三度目だ。彼女は愚かにもぼくを憎…
ぼくは失敗した。川沿いの道を選んだのがよくなかった。河嶋のお屋敷から近い公園でぼくは偶然にも見つかってしまった。そして広い家の品のいい客間で、ぼくは夜を明かした。 深夜、ぼくは弁明しようとした。汗と埃まみれで、顔はぐしゃぐしゃだった。暗い色…
麻雀をやっている間だけは、何もかも忘れて、ハツが来たら役牌でいつでも鳴けるのになあとか、うまくソーズを捨てられたなあとか、遊ぶことに集中できた。雀荘の窓際が日焼けしそうな強い日差しを中に取り込んでいたとしても、受動喫煙で肺が汚れていったと…
えっ、とぼくが素っ頓狂な声で驚く様子を、彼女はちょっと気まずそうに見ていた。 ぼくは気が早いことに、彼女と同棲する計画を立てていた。同棲と言っても、彼女の部屋にぼくが転がり込む形でなし崩しに同居を始めるような、そんなずさんな計画だ。でも彼女…
手を合わせて阿弥陀の顔を窺うことに本当に意味があったらいい。悼みたい人の名前を日々指でなぞることで何か変わればいいと思う。ラピスラズリの数珠にアクセサリー以上の意味を持たせるのは自分しかいないのだろう。身を投げ出して祈れば、狂おしいほどの…
愛している、愛している、愛している、どう伝えたらいい? あなたにいつか出会いたいと思って、あなたにいつ見初められてもいいように着飾って生きてきたけれど、あなたがぼくを知ることはない。ぼくを認識することはないんだ。あなたを愛している、愛って何…
いつもありがとうございます。 もしコメントをしていただけるなら、すべてに返信しますので、よかったらお願いします。 嘘ばっかり書いていますが、今回はきちんと答えます。 そもそもコメントしづらい内容だとは思いますが、読んでくれている人がいるなら声…
ほらね、きっと悪いことが起こると思った。これはぼくのせりふだ。きみはもう、ぼくを下手に慰めることすらしないみたいだ。 結局今日はくたくたになって帰ってきて、十九時以降の出来事は全部忘れてしまった。覚えているけれど、どれもこれも夢のように曖昧…
数日前、あなたのニュースを聞いたとき、私は楽観視していたというか、全然リアルなこととして捉えられなくて、特別な感傷もなくそれを受け止めました。 今日あなたの死がはっきりと報じられてから、私はあなたの歌を聴きました。私は他の誰の歌よりもあなた…
ちょっと笑っちゃうよね。笑ってしまう。あは、と間の抜けた息が漏れる。たぶん、呪いが成就したのだ。お願いだから不幸になってくれ、相対的にぼくを幸せにしてくれ、という全霊を傾けた呪いが、遠くて見えないどこかで叶ったのだ。じゃなきゃこんなに笑え…
高校三年生の梅雨だった。私は学年四位の彼女に勉強を教わるべく、金曜日の夕方、泊まりの荷物を持って彼女の家に上がり込んでいた。彼女の母親は夜遅くまで働いていて、私たちはきゃあきゃあと騒ぎながら勉強をしたり、コンビニで買ってきた夕飯を食べたり…
「他に何か訊いておくことある? 答えるよ」 薄紫色のセーターを脱ぎながら、彼女が言った。僕は素朴な疑問を口にした。 「こわくないんですか」 「こわかったらこんなことするわけないじゃん」 「じゃあ、こわいことはなんですか」 セーターの中に着込んで…
虫の声も聞こえないくらい静まりかえった濃紺のよる、愛してるって言って、とあの女に言われたときぼくは突然彼女のすべてが恐ろしくなって、ぼくの胸に縋ろうとする薄い肩を押しのけて、武蔵小金井駅へ向かう最終のバスにかろうじて飛び乗った。心臓がばく…
あたしもうやめる。世界を征服したくて、毎朝食べていたトーストの習慣も投げ出したけど、世界は一向にあたしのものになる気配はない。宇宙人に賄賂を渡して、あたしの味方になってもらうつもりだったけど、流れ星を何個か確認できただけで、UFOが着陸するの…
「日本語は中国の植民地語である。中国語がその高度な文明とともに流入する前、日本列島には文字をもたず語彙に乏しい倭語しか存在しなかった。そこへ漢語が持ち込まれ、豊富な意味をもつ漢語による圧力で言葉が変形し、新たに和語が作られた。倭語、漢語、…
成り代わりたいのだ。すべて持っている、何もかも優れているように見えるからだ。 がっしりした大きなからだ、筋肉のつきやすい運動に特化したからだ、そしてなにより、他者のからだの中に自分の性器を挿れることが社会的に容認され、ともすると推奨されてい…
何時間歩いても浅い呼吸は変わらないし、歩みはどんどん遅くなっている気がする。レインブーツだけが足元の水溜りを蹴散らしてくれるけれど、だんだんと足の裏が痛くなってくる。 誠実を掲げたってきみは受け取ってくれないし、覚えている名前が脅しみたいに…
まあいいよ、別に怒ってないよ。本当だって言ってるじゃないか。とりあえずそこに座りなよ。 雨も降っていることだしここでしばらく休んでいったらいいよ。上着を脱いだらどうだ。 もういいよ、無理に話すことはない。強要だってしてないだろ。肩の力を抜い…
机の上に ちらばった(もぉ〜!) いつも書いてる キミへの手紙 つまずいたって諦めない たどりつくよ いちばんに! 初めてだよ 始めるんだよ(ドキドキ…) 手と手つないで 飛び込むの なんてことない ことだって ぶつかって 試してみようよ スマイルスマイ…
僕は君の手前、僕の欲求についてあまり語らなかった。語ることはためらわれた。しかし今となってはそのくらいの自由は許されるだろう。あの日、君は訥々と君の欲求を語った。僕は神妙な顔をして聞いていた。僕に口はなかった。 ただ、今ならば言える、彼女を…
体調悪化のため今日は書くのお休みします。
私は年上の女性に好かれる。自分で言うのも何だが、女っ気も男っ気もなく、害を及ぼさない純朴少年らしいところが、彼女らの警戒心を解くのだろう。私も彼女らが好きだ。大学の助教授、公園で知り合ったバツイチ、接骨院のバイト、エトセトラ。 彼女らとの食…