レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

イグアナの彼女(半ば)

「他に何か訊いておくことある? 答えるよ」

薄紫色のセーターを脱ぎながら、彼女が言った。僕は素朴な疑問を口にした。

「こわくないんですか」

「こわかったらこんなことするわけないじゃん」

「じゃあ、こわいことはなんですか」

セーターの中に着込んでいたのは、首の後ろにボタンがついているタイプのブラウスだった。彼女は僕を手招きし、ボタンを外させた。白い貝殻でできたボタンだった。

 

「私はね、全部の穴が塞がるのが怖い。皮膚がまっさらになだらかにキレイになって、穴なんて一つも空いていない体に戻ることが怖いよ。それってわかる?」

僕は首を振った。「穴を空けたことがないから」

「そっか」

彼女に落胆した様子はなかった。

「元の自分が嫌なの。元の自分がどんな人間だったか忘れちゃったけど、とにかく嫌なのよ。そういうのってあるでしょ? きっと何か理由とか原因が、探せばあるんだろうけど、それを探す余裕もないくらい全身全霊で嫌なんだ。私が元の私じゃなくてもいいっていう妄想を失くしちゃうのがとてつもなくイヤで、怖いのよ。私はどう頑張っても私でしかないっていう現実を思い出したくないんだ。こんなの妄想だよ。でも失くなるのはとても怖い」

「全身全霊で」と吐き捨てたときだけ、彼女は顔を歪ませた。それ以外は淡々と、数式か構造式か何かを説明するみたいに話し、僕はそれを間抜けな顔で聞く。

 

ブラウスを脱いだ中筋由利の肩はにきびの跡かそばかすみたいなものでぽつぽつとしていたけれど、何にもない空っぽの肩より好ましいと思う。黒いキャミソールを取ると、彼女の背中が顕わになった。クレストは一本も見えなかった。代わりに脊椎の突起が白い部屋の中で映えていた。僕は急に見てはいけないものを見ている気がして、彼女に背を向けた。あるいは恥ずかしかっただけかもしれない。彼女は生き物なんだと思った。生き物に、これから僕は穴を空ける。彼女は「こわいの、こわいの」と即興で歌を歌いながら、事務的に服を脱ぎ、畳んでテーブルの上に置いた。

「はい、いいよ」