レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

どんなものを見に行ったって刺激的なことなんてないんじゃないか

深い紫色の口紅を予行演習でつけてみたけれど、なんだかちぐはぐな気がしたし、時間が有り余っているわけでもなかったので、ティッシュを口に咥えた。どうせマスクをするのだから、大した話でもない。

 

何か月ぶりだろう。あの日も雨が降っていた。あれは秋雨だった。冬へ移り変わろうとする冷たい雨で、慌てて出したコートでも間に合わないくらいに朝から冷え込んでいた。きみと肺深くまで海の匂いを吸い込んだ日、ぼくはあれだけ凍えていたのに、きみが冷たい飲み物が飲みたいとごねるから、海色のドリンクを買ったのだった。甘すぎる海色は、ついさっき二人で飛び回った世界の延長線上にあって、きみと見た景色の締めくくりにちょうどよかった。ぼくは、もうきみと一緒にどんなものを見に行ったって刺激的なことなんてないんじゃないかと諦めかけていたけれど、あの時きみがぼくのすぐ隣でわくわくして舞い上がっているのを感じて、ぼくに楽しいものを見せようと躍起になっている様子がわかって、拍子抜けしたのだった。

 

きみは明日のために海色のシャツを新調した。ぼくは海色のリュックサックを背負って出かける。きみとあの景色をもう一度空から眺めて、足をばたばたさせるつもりだ。

 

少し不安になっているぼくの肩にきみが手を置いた。抗不安薬を飲んで、ぼくはきみの隣に横になる。きみは全部わかっている。ぼくと何度も何度も、数えきれないくらい明日の準備をしているから、きみはいつも通りぼくに順番を教えた。