レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

武蔵小金井駅へ向かう最終のバスにかろうじて飛び乗った

虫の声も聞こえないくらい静まりかえった濃紺のよる、愛してるって言って、とあの女に言われたときぼくは突然彼女のすべてが恐ろしくなって、ぼくの胸に縋ろうとする薄い肩を押しのけて、武蔵小金井駅へ向かう最終のバスにかろうじて飛び乗った。心臓がばくばくしているくせに手足は冷たく痺れて、ぼくはバスの中で倒れてしまいたかった。急いで彼女の連絡先を削除して、そのくせ消えてしまった彼女との繋がりに呆然とする。

 

でもあの目はだめだ。ぼくを地に落とそうとする猛禽類みたいな目だった。たぶん、あの女に素直に愛してると言えるくらいなら、ぼくはぼくをやっていないのだ。

 

媚びた声だった。女であることに疑問をもたない、女らしさを対人関係で使うことに長けたひとだった。ぼくはそれを見ていることが苦しかった。ぼくがぼくでさえなければ、彼女を受け入れて、優しく物分かりのいい人間みたいに彼女の頬を包んで、彼女の望む言葉をかけることなんて簡単だったんだろうな。

 

バスには二人しか乗客はいなくて、ぼくは優先席に崩れるように座った。携帯の電源を切った。あの公園に彼女を置いてきたことに、不思議と罪悪感は覚えなかった。ただただ逃げたかった。