もっと、ちゃんと、ふつうだったろ
ノートに挟んであった、君の書いた言葉を見た。十年ぶりでも、きみは連続してきみだった。
パンなんてかさかさしてそのくせ湿度があって好きじゃない。きみは笑って、でもおいしいよと言う。
この白いパソコンを買うのだって、きみの手を焼いた、憶えている。販売員の長い説明に耐えられなくて、真っ白な強すぎる照明に耐えられなくて、ぼくはカウンターを離れて、ふらふらと店の中を歩き回った。後ろから販売員が付いてきているのには気付いていたし、きみがぼくを宥めようとしていることもわかっていたけど、ぼくはジューサーとか、スチームアイロンとかの間を通って、結局テレビがたくさん置かれた隅っこまでやってきてしまった。
息を吐いた。吐いた息の先がゆらゆらと震えていた。きみも同じように震えていた。ぼくたちは一緒だった。途方に暮れていた。
ごめんね、きみを震えさせてばかりで、ぼくはちっともふつうになれなくて、本当にごめんね。きみを安心させたいのに、きみに手間をかけてばかりだ。手間なんかじゃないときみは言うけど、ぼくはそれが信じられなくて、どうにもこうにも、イヤホンジャックなんかになりたくなってしまう。小さく光っていいじゃないか、人間の塊なんかより、ずっとずっといいじゃないか、でも、そこへきみを連れていけるかはわからない。
じゃあ、いいんだ、これはふつうなんだ。ぼくたちにとっては、あのパンの不可解なおいしさと同じだ。優しくなくてももういいよ。そう言ったって、きみはぼくに優しいを続ける。
きみが優しくあるかぎり、ぼくは比べてしまうんだよ、わかってるくせに。きみじゃないと満足できないんだ。離すつもりはない、おかしくて構わない。