どうしてぼくは乙姫様に会ってはいけないの
朝、ぼくはドンという大きな音で目覚めた。背中に痛みが走って、自分がベッドから落っこちたことをやっと認識した。頭もしたたかに打っていて、それで、肩も足も痛くて、それでぼくはどうしたんだっけ?
酸素ボンベが必要だ。ぼくは浦島太郎なのかもしれなかった。竜宮城にまで来なくていいのにときみは言う。今日も乙姫様には会っちゃいけないの? 御簾の向こうを覗き見ようとすると、確かに黒い影が蠢いていた。
そう、乙姫様には会っちゃいけないんだよ。もうお休みになるところだから。
そうなんだ、乙姫様、きっとお加減が悪いのね。そう言うと、きみは眉をぴくりと動かした。
送ってあげるよ、ボンベは新しいのをつけるといい。きみはぼくを背中に乗せて、陸に向かって泳ぎ出した。ぼくは乙姫様のお屋敷の端に植えられた見たこともない植物(あるいは海藻なのかも)をポケットに忍ばせていた。きみが迎えに来る前にくすねてきたのだ。
きみは陸の明るさに目を細めて、ああやっぱりこっちは暑いねと、どこから出したのだろう日傘の中にぼくを招き入れた。
どうしてぼくは乙姫様に会ってはいけないの。
きみはぼくの肩に手を置くと、乙姫様を怒らせたくはないだろう? と優しく言った。それから、その摘み取った一株は返しておくからここに出してと手を広げた。
でもぼく、乙姫様が誰だか知っているよ。彼女の真名だって知っているんだ。
だから? 脅すような低い声のきみがきみであるはずがなかった。ぼくは自分の手足が発する水音で目覚めた。喉に詰まった湯を吐いて、いや、もうそれは冷水だった。血の匂いがするほど咽せて、息を整えると、ぼくは重い体を浴槽から引き上げた。きみは磨りガラスの向こう側で心配そうに待っている。