傘をあげるよ、返さなくていい
まあいいよ、別に怒ってないよ。本当だって言ってるじゃないか。とりあえずそこに座りなよ。
雨も降っていることだしここでしばらく休んでいったらいいよ。上着を脱いだらどうだ。
もういいよ、無理に話すことはない。強要だってしてないだろ。肩の力を抜いてくれよ。歌でも歌ってやろうか。
何か食べるか?いらないならいいんだ。そう。じゃあどうしようか。カードゲームでもするか?しないならそれでいいんだ。
雨の中ご苦労だったな。まだそんな顔をしているのか。そういう表情のほうが鬱陶しいんだけど。だからその顔をやめてくれよ。怒ってないのに、まさか怒らせたいのか?違うよな。
どこに行くんだ?
この雨の中を出ていくのか?
やめたほうがいい。もうしばらくはここにいろよ。どんなに居心地が悪くても、雨が止むまではここにいろよ。だから怒ってないって。むしろそっちじゃないか、怒っているのは。
オルゴールなら盗まれてとっくにここにはない。刻んだイニシャルは削り取られてるだろうな。だから代わりに歌ってやろうかって言っているのに。あのメロディなら寸分違わず歌えるから。
でももう、本当に、そろそろ全部忘れてしまいそうだったんだ。このタイミングで会えてよかったのかもしれない。偶然に感謝だな。ああ、皮肉だってことくらいはちゃんと伝わってるんだな。
悪いけどやっぱり出て行ってくれないか。ここも通らないでほしい。もう会うこともないだろうな。次偶然があれば、今度こそ全部忘れているはずだから、こんなことにもならないと思うよ。傘をあげるよ。返さなくていい。