レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

耳の奥で血が流れている音がする

散らかった部屋、積み上がった洗濯物、中途半端に開いたカーテン、倒れた掃除機、これ以上入らないごみ箱、閉まった鍵、一ヶ月以上つけていないテレビ、見つからないボールペン、鈍い頭、汗ばんだ足の裏、伸びた爪、脂ぎった顔、上がらない肩、重だるい腹、何より気に食わないのはその目だ。不安かよ、隈がひどい。黒い瞳は白目との境界線がぼけてしまって、何もできない、なんの力もない弱者だと自ら主張したいんだろ?楽だもんな。こわいんだろうね。

 

泣くのをやめてくれ。感受性とか情緒とかそういうのいらないんだ。今から感じるのをやめよう。返せない返事への罪悪感も、ここなら救ってくれるんじゃないかという期待も、惰性で楽しかった昔への後悔も、聞こえてくる幸せそうで正しそうな家族の声も、自分の速すぎる拍動も、決定的な間違いに気付いたときの落っこちるような恐怖も、そんなの全部感じなくていいよ。

 

きみがぼくの顔をつかむ。鏡を見ろよ。これがぼくだ。変えようもないぼくだ。散らばった髪の毛、性別も年齢もわからないような大雑把な顔、丸まった背中、さあ呼吸をしてみてくれ。息をするのも忘れるくらいいろんなものに怖がっているから、意識して呼吸をするんだ。何に躊躇してるんだよ。もう無理だと息を止めたくなるのを我慢しろよ。

 

思い出したいなら何度でも勝手に思い出して勝手に傷付いてめそめそしていればいい、ぼくはそんなの置いていくから、それならここでさよならだな。きみが止めたって置いていく。呼吸すら忘れた自分なんて邪魔だ、もういらないだろ。

 

でも両手は痺れて肺は膨らまず、漫画みたいにうつろな目をしたぼくがまだ鏡に映っている。これじゃだめなんだ、これじゃだめだ。まだ泣きそうだ。まだいろんなものに過敏になっているんだ、鼻をすすっているんだ、もうだめなんだ、呼吸を止めたいんだ。足まで痺れてきて、ああやっぱりぼくはだめなんだと言って下を向きたい。勇気を出すのなんてやめてしまいたい。明日も同じにしてしまいたい、頭が痛くなるくらい枕に頭をつけていたい。

 

でもきみのせいだ、息を吐くのだけは続いている。息を吐くと反動で肺がほんの少し膨らむ。これは呼吸だ。勇気ってなんだ。感じなくていいのに、勇気なんてものだけは出さなきゃならないのか。明日、ぼくにそれができると、きみだって信じていないくせに。立ち上がっているのはなんでだ。めまいがするのに、痺れる足で立ち上がって呼吸をしているのはなんでだ。痺れる手で文章書いているのはなんでだ。もう痛い、やめてしまいたい。