半袖を着たら夏がくる
こんなに寂しいのはどうしてだろう。人がたくさんいて、新参者のぼくにやさしく声をかけてくれたっていうのに、どうしてこんなに寂しいんだろうな。
地下鉄に降りていくとき、エスカレーターじゃなくて階段を選ぶと、長くきみと話していられる気がする。
スマートフォンの予測変換で、もう三年が経とうとしているのに好きな人の名字があらわれるのはどうしてだろう。誰に話すでもないのに、この小さい板は覚えているというのか。そんなの目の錯覚だと言えればなあ。は……。
今日は涼しいかもしれない。駅のホームの端から向こう端を見ると、半袖を着ているのはぼくだけだった。いいんだ。ぼくはもう夏だから。
駅名が書かれた壁が光る。反対側に電車が到着した。壁はまた暗くなって、ぼくはまだ寂しい。薬を飲もうにも水を持っていない。きみはぼくの胸についた小さな虫を摘もうとしている。生きているのか死んでいるのかわからないその虫をぼくはそのままにしておきたかった。
電車がくる。暗いトンネルを切り裂いてやってくる。電車の中は明るすぎてやっぱりぼくはばかみたいに寂しくなる。対角に座った女の人は半袖を着ていた。