レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

最寄駅の階段を上る瞬間、不安や恐怖はおかえりを言ってぼくの背中で調和を図る

赤ワイン、デカンタ、安っぽいグラスに貼りつく結露、ぐらぐらしだす頭、とまらないお喋り、ぼくのシャツを引っ張るきみ。とっくに氷が溶けてぬるくなった水、淡く好いたひと、その人の笑い皺、両手足の指を全部数えたって足りない歳の差。ぼくよりずっと苦労してきた女性の、美しく一人で立つ姿。

 

悪酔いして貧血らしく痺れ出す手足、横になっても楽にはならない。梅雨時の生乾きの匂い。楽しい会話。楽しくて帰りたくなかった。最寄駅の階段を上る瞬間、不安や恐怖はおかえりを言ってぼくの背中で調和を図る。無理をしてない? きみはぼくの無理を正確に見破るけれど、それを確実に止める術はもたない。

 

疑問に思っても答えは無いし、気休めの言葉はなんの意味も持たない。レモンの香りがする炭酸水を煽って、刺激の強さに胸を押さえる。

 

来週になれば手紙が届く。どんな結果であれぼくは衝撃を受けてその場に崩れ落ちる。肩を支えてくれる人がいないのが悲しい。きみは膝をついたぼくから死刑宣告の紙切れを取り上げて、開きっぱなしの郵便受けを閉じるだろう。

 

どこでもいい、連れて行ってほしい。何も食べないのを許してほしい。靴下を履かないけれどそのままにしてほしい。泥で汚れたままの白いサンダルをぬぐってほしい。予測変換をリセットしてほしい。どんな音楽も聴かせないでほしい。もう置いていかないでほしい。