レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

彼女は最後に、唇の右端にはみ出したらしいリップをハンカチで拭うと、ぱちんと音を立ててミラーをたたんだ

「愛していたんですか?」

「愛していたわ。最後には自分の手で縊り殺してやりたいほどにね」

女はキャメル・メンソール・ライトの箱を魔法のランプでも擦るかのように親指でごしごしと触り、やっと一本取り出して火をつけた。

 

「苦しみがいつ終わるかわからないってつらいものね。時間さえ解決の手段にはならない。それを終わらせてあげるって、驕った考えかしら」

「さあ……」

「わからないのね」

灯りも煙ってちらちらと瞬いた。女は自身の金髪を額から撫で上げ、そしてまたその手を肘掛けに置いた。薬指には大きなルビーの指輪が嵌っていた。ぼくはそれを懐かしく感じた。

 

「あなたもそれを捨てられないんですか?」

女はそれと言われたものが自分の薬指を指すとすぐに気づいて、ぼくを睨め付けた。ぼくはその指輪が偽物だと知っていた。本物は彼女自身が昔捨てたはずだった。

「私はこれがなんなのか理解しているからいいの。あなたこそ、わからないくせによくそんなことが言えたものね」

「誰も教えてくれないから」

彼女はぼくの指摘に一瞬だけ感情を波立たせたものの、せりふを言い終わる頃には慈愛すら感じられる冷ややかさでぼくの心をえぐった。ぼくには降参したいようなみじめな気分が与えられ、言い訳を始める羽目になった。

 

「わからないから、いろんな人に訊いている。でも誰も答えてくれない。自分でも考えて、考えすぎて消し炭になりそうなんです」

彼女が灰を落としたいような素振りで辺りを見回したので、ぼくは机の上にガラスの灰皿を出した。透き通るブルーに金細工が施してある、彼女が好みそうな灰皿だ。

「あなたの言ういろんな人って? 例えば?」

「……、…………、……」

「それはいろんな人とは言えないわね」

彼女は脚を組み替えた。

「どちらにせよ……私は克服したわ。もう酒は飲まない。一滴もね。これは思い出。あってもなくてもいいもの。嘘だとしてもあったほうがいいのかもしれない。だからこれをつけてるの」

「知っています」

「そうね。知っているでしょうね」

灰皿にたばこをぎゅっと押し付けると、彼女は膝の上に載せていたハンドバッグから口紅とコンパクトミラーを取り出した。キャップを外す音、ミラーを開く音、キャップを閉める音が響いた。彼女は最後に、唇の右端にはみ出したらしいリップをハンカチで拭うと、ぱちんと音を立ててミラーをたたんだ。

 

「そろそろ行くわ」

「はい」

 

彼女は部屋を出て行った。灰皿の隣にはハンカチが残されていた。ハンカチのちょうど折り目の部分に赤紫色の顔料がこびりついていて、ぼくはそれを自分のバッグに丁寧にしまい、ソファに深く沈み込んだ。