レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

幽霊はきみに、ぼくが幸せになれるはずがないと言った

ぼくが小さな画面で映画を見たり、熟れすぎたトマトを冷蔵庫から発掘したり、使ったエコバッグをたたんだりしている背後で、幽霊は不安に駆られていた。幽霊は透けた足で鳴らない足踏みを繰り返し、そのいらいらをきみにぶつけていた。きみは冷静に幽霊の不安を一つずつ聞き出した。

 

幽霊が不安に震えている間、ぼくの中でも確かに奇妙な焦燥感があって、ぼくはそれを無視してやり過ごそうとしていた。きみは鞄に予備のマスクを入れようとしていたぼくに声をかけて、穏やかに薬の時間だよと言った。ぼくは幽霊の不安になんか気付かないふりをして、きみが言う通り薬を飲んだ。そしてまた鞄からレシートの屑とか、よくわからないチラシとかを取り出して片付けを続けた。

 

きみはぼくから見えないところで、これで不安はなくなるよ、と幽霊を宥めていた。幽霊はこんなの長く続くはずがないと吐き捨てて、クローゼットの中に引き籠った。どこもかしこも茹だるように暑いぼくの部屋だけれど、クローゼットの中だけは、幽霊が好んで隠れているせいか涼しかった。

 

幽霊ときみがそんなしようもないやりとりをしている間、ぼくは適当に日焼け止めを塗った肌を晒し、コンビニへ向かっていた。明日の朝、きみの手を煩わせないためにぼくができることを探して、自分で事を進めていた。裸足で履いたスニーカーが汗でぬるついていること以外は、全部ぼくの思う通りに進んでいるような気分だった。

 

帰宅すると部屋は冷たくて、きみはぼくにわざとらしく構った。手を洗って、うがいをして、水を飲んで、汗まみれのズボンを脱いで、ほら、ここへ寝転んで。幽霊はきみに、ぼくが幸せになれるはずがないと言った。ちゃんとぼくの耳にも届いていた。きみさえいればぼくはもうそれでいい、と信じたぼくが幸せにならないわけがないと、きみは幽霊に約束したらしかった。

 

手首に吹き付けた香りを、ねえ、これは彼女の香りなの、ぼくはもう、ねえ、今本当に幸せなんだ、と笑うぼくに、きみは傅いて微笑むと、ぼくの紫色の爪を撫でた。