レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

そこにある不安に触らないようにして、憎悪を氷漬けにして、娼嫉を塗りつぶして

自転車の上で気を失う直前、ハンドルからずり落ちそうになるぼくの両手へきみが両手を重ねた。この感覚は久しぶりだった。ペダルからほとんど離れようとしていたサンダルは一度半回転させたそれへ再度乗せられた。ぼくはあの部屋のベッドにたどり着くこともできず、自分の背中から引き剥がされないようにしがみつくことしかできなかった。けれどぼくの筋肉痛の残る足はペダルを漕いでいた。

 

ぼくはきみの、正確に言えばぼくの背中に負ぶわれて、近道に使っている大きな駐車場を横断した。走っているのがぼくじゃないということに、いつもの曲がり角へのブレーキのかけ方の違いから気付いた。普段なら後ろから聞こえるきみの声が前方から風とともに届いて、ああ、ぼくは励まされているし、一番に思われているし、理解されようとしている、とわかった。

 

泥みたいな頭でやっと、きみがもう一つだけタスクをこなして家へ帰れと叫んでいるんだと認識して、ぼくは恐る恐る意識と心臓の位置を合わせた。怖いくらいに速い心拍が感じられて、そのあと左足に力を込めてみた。次に右足、右手左手、頭、それから瞳、ぼくという人間として目を開けること。ぼくの体と意識がなんとか同じ形で同じ速さで活動を再開しても、きみはぼくの体を手放さなかった。一つの体と二つの異なるパーソナリティが多少のずれを生じさせながら同じ形を保とうとしていた。

 

きみとぼくは視界を共有し、ふくらはぎの筋肉痛をも共有し、同じ呼吸を繰り返し、走った。そこにある不安に触らないようにして、憎悪を氷漬けにして、娼嫉を塗りつぶして、ぼくはきみに愛されていること、信頼されていることを投げ出すわけにはいかなかった。