レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

そんな言葉は知らないけれど、きみが毎日言うんだからそれはあるんだろう

部屋の掃除をして、洗濯を回して、排水口にハイターを吹きかけて、ハイターのあの奇妙に不安になる塩素の匂いをかいでいた。キッチンにいると幽霊が話しかけてくることが多いのだけれど、今日は少し涼しくなった浴槽で膝を抱えて空想に耽っているようだった。

 

何回掃除機をかけても、ぼくの足の裏には何なのかよくわからないくしゃくしゃしたごみがついたし、汗ばんだ肌にぺたぺたとくっつくのは薄手のTシャツだけではなかった。ぼくは幽霊と話したかった。ぼくに着いてきてしばらく経ったはずだ。三週間くらいかしら。幽霊と出会ったスーパーマーケットで何を買おうとしていたかも忘れてしまった。そのときのぼくと今のぼくは繋がっているはずなのに。

 

今のぼくは世界から浮き上がっているみたいだ。毎日やらなければならないことをこなして、死なないまま明日を迎える。今となってはすごいことだと思う。「すごい」「えらい」ことだ。そんな言葉は知らないけれど、きみが毎日言うんだからそれはあるんだろう。すごいことなのだ。

 

夜になっても鼻水が止まらないのは、ティッシュボックスを空にするほど泣いたからだ。昼食のために長ねぎをみじん切りにしていたら涙が止まらなくなった。そして鼻水も。ぼくが泣いていても、きみはごま油の残量とか、片栗粉の消費期限とか、そういう細々したことを確認して回っていて、ぼくに声をかけることはなかった。

 

ぼくは一人で泣いて、手近にあったキッチンペーパーで痛む目を押さえ、どうにかこうにかみじん切りを終えると、洗面所に置いたティッシュで鼻をかんだ。透明な鼻水が止まらなくて、あまりの量に笑ってきみに話しかけた。きみはティッシュを見せようと伸ばした手を嫌がって、きゃあきゃあと逃げ回った。