レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

紺色のトランクの上で君への手紙を書いている

僕は僕の紺色のトランクの上でこれを書いている。もう紙を広げる場所がないのだ。ペンはがたつくし、風は冷たいし、時折ジョギング中の人たちが僕を怪訝な目で見て過ぎ去っていく。よい環境とは言えないが、今日僕はこの土地を離れるので、書いておかなければならない。

 

人はどこでも生活できる。僕は健全な精神と強靭な肉体すら持っていないけれど、煮えたぎるようなかたい信念をもっている。これは僕にとって二番目に大切なものだ。……。僕はトランクにたくさんの本を詰めて、それから、好きなスパイスを何種類か詰めて、次のすみかに持っていく。パプリカ、クミン、サフランコリアンダー。一緒に詰められた本たちは、きっと異国の香りを放つようになるだろう。ほんの少しの時間だけだろうけど。

 

僕のトランクの中身はどうでもいい。どうしてこんなものを、こんな川っぺりで書いているかというと、君がくだらない質問を繰り返すからだ。誤解しないでほしい、くだらないなんて言ったけれど、僕がその質問にうまく答えられないから、くだらない質問だということにしておきたいだけだ。ただ、僕は、いや、君の質問をここに明示しておこう。


君はおすすめの本はないか、と僕に訊いた。僕はうんざりして何か答えを探そうとする。結局僕はうまく答えられなくて、家に帰ってから自分の本棚に手を這わせる。そこには僕を構成してきた、薄っぺらいかもしれないが確かに熱をもった小説たちが眠っている。


本に熱を感じることはあるか。本に取り憑かれていると感じることはあるか。本をめくる手にびりびりと電流が走ることはあるか。

 

別に、そんなことがなくたって、本なんて読める。本なんて娯楽の一つでしかない。だから僕は、僕が浮かされたように読みあさった僕の本を君に教えることには気が引ける。これは僕のものだ。君に分け与えたりしない。これが僕の本心だ。


僕には一番大切なもの(逃れたい、かつ逃れたくないもの)(中心にあるもの)(狂おしいほど常に求めて止まないもの)(どこにいても僕を眼差すもの)があり、その話は誰にもしたことがない。当然、君にも詳しく話したくはない。ただ、僕がそれについて誰かに話したがっているのは確かだ。


六歳とか七歳のとき、僕はそれと出会った。それは僕を引き裂くとともに、永遠かとも思われる喉の渇きを僕に与えた。僕はそれと一緒に生きるしかなくなった。それはときに僕に牙を剥き、ときに僕を守った。あるときまで僕の中はぐちゃぐちゃだった。混沌。もう二十年くらい、それは僕の中に居座り続けている。