レモネのきみ

きみ(IF)の話を延々とする、全部嘘

君なんかよりあの人のほうがぼくを愛してくれている

銀色のボタンを半分押し込むと、視界のピントが合う。レンズが小さくジー、と音を立てて、ピピッと「ピントが合いましたよ」を知らせる。緊張なのか震えようとする肘を抑えて、銀色のボタンを深く押すと、カシャリと箱の中から音が聞こえる。指の力を緩める。これだけ。

 


横になって腹痛に耐えていると、トイレに行きなよなんて無粋に盲目的に刹那的に言う君を憎んでしまった、かわりにあの子のことを思い出す、ほらすぐ。あの人は手当をしてくれる、君が隣にいようが君がぼくの手を握っていようがぼくの尻を掴んで水音を立てていようが、あの人はぼくの額や胸や腹に大きくもない手を、指を揃えて当ててゆっくりと撫で摩る。君がなにもしてくれなくたってぼくは別に……そうだな、別に構わない。褪せた視界の向こうに君を見ている。あの人さえぼくの本当の望みを叶えてくれれば、そこが季節はずれの海の家の寂れたシャワー室だったって、ぼくは構わない。君がいなくてもぼくは構わない。許せる夏みたいな煩わしさだ、君の存在はぼくにとってはそのくらい、料理のあとに少しだけ残った野菜くずをどうしてしまうか、そのくらいの程度なんだ。

 


ただ、あの黒い箱に君を閉じ込める時だけはぼくは真剣になってしまって、あの人のことも瞬間に忘れてしまうくらいなんだ。氷菓を頬張って頭の微かな痛みを待つように、熱を入れ込んで君の指先や頬の産毛を追ってしまう。君のポケットにこっそりと忍ばせた飴玉が温まっていることをレンズ越しに確認する。